略縁起
聖武天皇の勅願所で、天平正暦年間に、行基菩薩を開基として、和気の海浜西山に創建せられて、海岸山円明密寺と名づけられました。七堂伽藍の備わった大寺として栄えましたが、たびたびの兵火にかかって、衰微していたのを元和年間(1615〜1623)に須賀重久が、今の地に再興した。寛永十三年に御室の宮覚深法親王の令旨を受け、仁和寺の直末となり、須賀山を賜わり正智院円明寺と号しました。
降って、文政九年御室の宮から、金剛幢院の御下文がありました。時に盛衰はありましたが法灯は今に新たであります。当寺の寺宝としては古納経札、当寺本尊の厨子に止められある銅製の納め札は慶安三年の奉納。四国仲遍路同行二人の今月今日京極平人家次と刻まれている。
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