|
|
|
略縁起
当山は、弘法大師の御先祖たる景行天皇の御後裔にして讃岐国の領主であった佐伯家一族の氏寺として推古帝四年に建立されました。はじめ「世坂寺」と称したが、弘法大師入唐後留学を終せ給い、御帰朝の後、御請来の金剛界・胎蔵界の両界曼荼羅を安置供養し奉り、本尊大日如来を勧請して、上は宝祚の無窮を祈り、下は万民の災厄を除去せしめんがため、殊に御母玉依御前の仏果菩提を祈らんがために、唐土の青竜寺に模して、大同二年に起工し三ヵ年の歳月を経て、造営全く成り、弘法大師自ら寺号を命名なし給い「曼荼羅寺」と改称せられたのであります。畏くも、寛喜の御帝、御堀川天皇の下し給いし御綸旨に、「曼荼羅寺は、仏法興隆、鎮護国家の霊場なるにより未来際を限って、寺領を此寺に下し給う」とあります。
|
|
※残念ながら松食い虫の被害にあい、現在この松の木はございません。
記念に写真だけは掲載させていただいております。
|