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●「国分へ帰る」と泣いた梵鐘:「鐘がものいうた国分の鐘が、もとの国分へいぬというた」この鐘は慶長14年(約400年前)2月2日当時の高松藩主生駒一正公が朝夕の時鐘にと田一町を寄進して城内へ持ち帰ったところ、鐘は少しもならず城内にも城外へも怪異おこり、また悪疫が流行し、一正公もついに病床に伏すようになり毎夜鐘が夢枕にたち「元の国分へいぬ(帰る)いぬ〜」とないたという。 ●金堂跡礎石:旧金堂の礎石がほぼ同じ位置に33個も残っています。これを元に金堂を建てるとすれば東西28m、南北14mになるといわれています。 ●見事な松:まづ仁王門の前で枝ぶりすばらしき松が出迎えてくれます。境内には松並木が多く心がなごみます。 |
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