当山は、天武天皇の御代に大臣藤原不比等が建立し、後数次にわたって修造されたと伝えられていますが、現在の本堂は、高松藩初代松平頼重、仁王門も寛文年間に松平氏が建立したもので国・重文であります。
本尊十一面観世音菩薩は、遠く推古天皇の33年に観世音がこの地に化現して彫刻したものであると伝えられ、現在国宝に指定されています。
又、当山の庭園は曲水式庭園の代表的なものとして、池塘仙木の幽寂雅味は、築造者細川氏の室町時代の趣を伝えて余りある名園であります。
|
仁王門と五重塔
|
本堂
|
|
|
大師堂
|
海女の墓
|
|
|
高浜年尾句碑
|
平賀源内墓
|
|
|
ここが見所
●海女の墓:天武の昔、淡海公藤原不比等は唐の高宗姫から送られた面向不背の玉が、志度沖で竜神に奪われたため、身分を隠して都から志度の浦を訪れ純情可憐な海女と恋仲になり一子房前が生まれた。
淡海公から事情を明かされた海女は、瀬戸の海にもぐり竜神と戦い玉は取り返したが竜神の為傷つき真珠島で命を果てた。後年房前は千基の石塔を立てて母の冥福を祈ったという。殉愛悲恋のヒロイン海女の墓です。
●高浜年尾句碑:高浜虚子の長男で昭和27年9月5日志度寺に参拝した折詠んだ句です。
「盆にきて海女をとむらふ心あり」
●平賀源内墓:源内さんのお墓は、志度寺の塔頭である常楽寺にあります。(仁王門を出てすぐ)
|